ぐて書き 第二期

良いところも悪いところも全部ひっくるめて自分なんだから、ここにぐて書きして記憶を残しておこう。

在り方

まただ。
また人が死んだ。人に限らず命の炎が消えた。
よく『3秒に1人の人間が死んでいる』と聞く。3秒やったかどうか覚えてないけど、とにかく何秒かに一人の割合で死んでいるのだという。
災害で死んだり、殺されたり、事故死だったり寿命だったり、病気だったりと様々だ。
今日を生きた身だ。幸せだったと思える。
 
わけがない。
 
ここまで温和に育ってきた私は、満足に納得のいく眠りにつくにはいたらない。
明日という時間があって当たり前だと思えてしかたないのだ。『事件が起きたら警察へ』といった感覚と同じだ。
花が枯れてもまた咲くだろう。根が腐ってなきゃ綺麗な花を再び咲かせてくれるだろう。
その花、咲かせる場所によって石にも宝石にもなる。子供の遊び道具にも金の流通にもなる。
「在り方」だ。存在の仕方。人間も花も石も草木もなんでも在り方だ。
誰一人として目にすることなく朽ちてゆく命があっても、それはなかった命と同じであって、知らないところでしか生きてない。
あの場所にあれがあったから我々はこうして生きているのだ。
なんともとんちんかんな話である。知らないところで生きている『あれ』。
 
毎日命が消えるのが当たり前だと認識しているものの、自分の身近に起きれば動揺して恐怖する。
「まさか、そんな事が?」やら、「どうして俺に?」など。
いつだって起こりうる可能性はあるのにこれだ。温和に育ったとはこういうところだ。
6月14日、僕は雷に打たれ即死した。
ありえん事じゃないが、あるわけがない在り方だ。自分にそんな事が起こるとは考えられないのだ。
 
今日を大事に生きる事と、未来を粗末に生きるのは違いすぎる。
 
 
 
 
支えがない。